氷上のオペラ、ミラノにて開幕
2026年2月6日、イタリア・ロンバルディア州の州都ミラノ。ファッション、デザイン、そしてオペラの聖地として知られるこの都市は、今、白銀の熱狂に包まれています。第25回オリンピック冬季競技大会(ミラノ・コルティナ2026)の開幕です。冬季五輪としては史上最も広範囲に会場が分散する大会となりますが、氷上の芸術「フィギュアスケート」の舞台となるのは、ミラノ南部に位置するアッサーゴのミラノ・アイス・スケーティング・アリーナ(Forum di Milano / Unipol Forum)です。
本日は大会初日。開会式に先駆けて行われる団体戦の初日であり、世界中のフィギュアスケートファンが固唾を呑んで見守る瞬間です。本レポートでは、この歴史的な大会を余すところなく楽しむために、会場の特性、最新のルール変更、そして日本代表「チームジャパン」をはじめとする世界のスーパースターたちの動向を、専門的な視点から徹底的に分析します。
聖地「ミラノ・アイス・スケーティング・アリーナ」の全貌
フィギュアスケートとショートトラック競技が行われる「ミラノ・アイス・スケーティング・アリーナ」は、既存の「メディオラヌム・フォーラム(Unipol Forum)」を五輪仕様に改装した施設です。1990年に建設されたこのアリーナは、イタリアバスケットボール界の強豪オリンピア・ミラノの本拠地として、また数々の国際的なコンサート会場として、ミラノ市民に愛されてきました。
建築と雰囲気
収容人数は約12,000人を誇り、その巨大な円形劇場型の構造は、観客席とリンクの距離が近く、選手が氷を削る音や息づかいまでもがスタンドに届くような臨場感を生み出します。今大会のテーマの一つである「サステナビリティ(持続可能性)」を体現するため、新設ではなく既存施設の改修が選択されましたが、最新の製氷システムと照明設備、音響機材が導入され、氷上の演舞をドラマチックに演出する「劇場」へと生まれ変わりました。
アリーナ内部は、イタリアのデザインセンスが光るモダンな装飾が施されています。特に照明演出は、選手の演技に合わせてプログラムの世界観を増幅させる重要な要素となります。現地からの報告によれば、氷の質は「硬すぎず、柔らかすぎず」の絶妙なバランスに調整されており、エッジワークを重視するアイスダンスや、高難度ジャンプを武器にするシングルスケーターの双方にとって滑りやすい環境が整えられているようです。
アクセスと周辺環境
ミラノ市内中心部(ドゥオーモ周辺)からは地下鉄M2線で直結しており、「Assago Milanofiori Forum」駅を下車してすぐという好立地にあります。大会期間中は、世界中から集まったファンがミラノの街を青や白のチームカラーで染め上げ、アリーナ周辺には各国の国旗がはためいています。特に地元イタリアのティフォシ(熱狂的なファン)たちの応援は凄まじく、イタリア選手が登場した際の地鳴りのような歓声は、採点にも少なからず影響を与える「ホームアドバンテージ」を生み出す可能性があります。
今大会の歴史的意義
ミラノ・コルティナ2026は、フィギュアスケート界にとっていくつかの重要な転換点となる大会です。 第一に、ロシア・ウクライナ情勢の影響により、フィギュアスケート大国であるロシア(ROC)が国としての参加を禁じられ、一部の選手のみが「個人の中立選手(AIN)」として参加する異例の大会であること。これにより、長年続いた勢力図が大きく塗り替えられ、新たな王者が誕生する土壌が整いました。
第二に、北京五輪後に導入された「シニア年齢制限の引き上げ(17歳以上)」が適用される初の冬季五輪であること。かつてのような「15歳の少女が4回転を連発して金メダルをさらい、すぐに引退する」というサイクルは終わりを告げ、成熟した技術と表現力を持つ大人のスケーターたちが、長くキャリアを積み重ねて競い合う「真のフィギュアスケート」の時代が到来しました。
そして第三に、日本フィギュアスケート界にとって、羽生結弦・宇野昌磨という二大巨頭が引退した後、新世代が真価を問われる初めての五輪であることです。鍵山優真、坂本花織、三浦璃来&木原龍一といった現世界王者たちが、その称号にふさわしい「金メダル」を掴み取れるか。日本のフィギュアスケートの層の厚さが試される大会となります。
観戦の基礎知識 —— ルールと採点システムの進化
フィギュアスケートを深く楽しむためには、現在の採点システム(ISUジャッジングシステム:IJS)の理解が不可欠です。特に2022年の北京五輪以降、いくつかの重要なルール改正が行われ、それが今大会の勝敗を分ける鍵となっています。
採点の仕組み:TESとPCS
現在の採点は、大きく分けて技術点(TES: Total Element Score)と演技構成点(PCS: Program Component Score)の合計で決まります。
技術点(TES)のメカニズム
TESは、ジャンプ、スピン、ステップなどの各要素に設定された「基礎点(Base Value)」と、その出来栄えを評価する「GOE(Grade of Execution)」の合計です。
- 基礎点: 技の難易度に応じて決まっています。例えば、4回転アクセル(4A)は12.50点、4回転ルッツ(4Lz)は11.50点です。
- GOE: ジャッジパネルが-5から+5までの11段階で評価します。高さ、飛距離、着氷の滑らかさ、音楽との調和などが評価基準となります。満点の+5を獲得すれば、基礎点の50%が加算されます。逆に転倒や回転不足があれば大幅に減点されます。
演技構成点(PCS)の変更点
以前は5項目(スケーティング技術、つなぎ、パフォーマンス、振付、曲の解釈)で評価されていましたが、現在は以下の3項目に集約されました。
- コンポジション(Composition): プログラムの構成、空間の使い方、独創性。
- プレゼンテーション(Presentation): 表現力、音楽のニュアンスの投影、観客へのアピール。
- スケーティングスキル(Skating Skills): 滑りの質、エッジワークの深さ、スピード、流れ。
この変更により、各項目の定義がより明確化され、以前のように「ジャンプさえ跳べばPCSも釣られて上がる」という現象が抑制される傾向にあります。特に「スケーティングスキル」は、ジャンプ以外の部分での基礎力を厳しく問うものであり、カロリーナ・コストナーやパトリック・チャンのような「滑りの達人」が再評価される土壌となっています。
2025-2026シーズンの重要なルール変更
今大会に直接影響を与える最新のルール変更点について解説します。
ジャンプシークエンスの価値向上
アクセルジャンプを伴う連続ジャンプ(ジャンプシークエンス)の基礎点が、以前の80%から100%に引き上げられました。
- 影響: これにより、セカンドジャンプやサードジャンプにトリプルアクセル(3A)やダブルアクセル(2A)を組み込む構成が有利になりました。イリア・マリニン(米国)のような身体能力の高い選手にとって、高得点を叩き出すための重要な武器となります。シークエンスとして認められるためには、着氷から直ちに次のジャンプへ移行する必要があり、リズムや流れが途切れてはなりません。
スピンのレベル要件の厳格化
レベル4を獲得するための要件(Features)が細分化されました。
- 難しいポジション: 従来の柔軟性だけでなく、回転速度の増減や、軸の安定性がより厳しくジャッジされます。
- 必須要素: 特定のポジションでの回転数不足や、基本姿勢の崩れは即座にレベルダウンに繋がります。今大会では、スピンでの取りこぼしがメダルの色を変える可能性があります。
転倒へのペナルティとプログラムのバランス
ジャンプ偏重への対策として、転倒に対する減点に加え、転倒したジャンプのGOE評価上限が厳しく制限されています。また、コレオグラフィック・シークエンス(ChSq)の評価において、独創性や氷面のカバー範囲が重視されるようになり、単に手を振って滑るだけでは加点が得られなくなっています。
競技スケジュールと観戦計画
フィギュアスケート競技は、開会式当日の2月6日から2月19日まで、約2週間にわたり開催されます。前半の「団体戦」と後半の「個人戦」という長丁場をどう戦い抜くか、各国の戦略が問われます。
詳細スケジュール(現地時間 CET / 日本時間 JST)
| 日付 | 現地時間 | 種目・内容 | 日本時間 (+8h) | 備考 |
| 2/6 (金) | 09:55 | 団体戦 アイスダンス・リズムダンス (RD) | 17:55 | 開会式前に開始 |
| 11:35 | 団体戦 ペア・ショート (SP) | 19:35 | ||
| 13:35 | 団体戦 女子シングル・ショート (SP) | 21:35 | ||
| 20:00 | 開会式 (サン・シーロ・スタジアム) | 翌04:00 | ||
| 2/7 (土) | 19:45 | 団体戦 男子シングル・ショート (SP) | 翌03:45 | |
| 22:05 | 団体戦 アイスダンス・フリー (FD) | 翌06:05 | 決勝進出5カ国のみ | |
| 2/8 (日) | 19:30 | 団体戦 ペア・フリー (FS) | 翌03:30 | |
| 20:45 | 団体戦 女子シングル・フリー (FS) | 翌04:45 | ||
| 21:55 | 団体戦 男子シングル・フリー (FS) | 翌05:55 | メダル決定 | |
| 2/10 (火) | 18:30 | 男子個人 ショートプログラム | 翌02:30 | |
| 2/11 (水) | 19:30 | アイスダンス リズムダンス | 翌03:30 | |
| 2/13 (金) | 19:00 | 男子個人 フリースケーティング | 翌03:00 | メダル決定 |
| 2/15 (日) | 19:45 | ペア ショートプログラム | 翌03:45 | |
| 2/16 (月) | 20:00 | ペア フリースケーティング | 翌04:00 | メダル決定 |
| 2/17 (火) | 18:45 | 女子個人 ショートプログラム | 翌02:45 | |
| 2/19 (木) | 19:00 | 女子個人 フリースケーティング | 翌03:00 | メダル決定 |
| 2/21 (土) | 20:00 | エキシビション (Gala) | 翌04:00 | 上位入賞者による演技 |
今大会の特徴として、団体戦の最終種目が「男子フリー」であることが挙げられます(北京五輪は女子フリーが最後でした)。これは、最終日まで金メダル争いがもつれた場合、男子のエース対決が勝敗を決するというドラマチックな展開を演出します。
団体戦 —— 悲願の「金」へ、日米頂上決戦
開会式に先駆けてスタートする団体戦は、日本フィギュアスケート界にとって「悲願」達成の最大のチャンスです。北京2022大会での銀メダルを経て、今回は表彰台の最も高い場所を目指します。ライバルは前回王者(暫定)のアメリカ合衆国(Team USA)。この2カ国による一騎打ちの様相を呈しています。
団体戦のルールと戦略
団体戦は、男女シングル、ペア、アイスダンスの4種目で構成され、各国の順位に応じてポイント(1位10点、2位9点…10位1点)が与えられます。ショートプログラム(リズムダンス)の上位5カ国のみがフリースケーティング(フリーダンス)に進出できます。 重要なのは「種目ごとの選手交代」です。各チームは最大2種目で、ショートとフリーの選手を入れ替えることができます。これにより、シングルの選手層が厚い国は、エースを温存したり、スペシャリストを投入したりといった戦略が可能になります。
チームジャパン (Team Japan) の戦力分析
日本チームは、かつてないほどの「穴のない」布陣で臨みます。
- 男子シングル: 鍵山優真、佐藤駿、三浦佳生という世界屈指の3枚看板を擁しています。ショートには安定感抜群の鍵山を、フリーには高難度4回転ルッツを持つ佐藤駿や爆発力のある三浦佳生を投入する「分割起用」が有力です。誰が出てもトップ3は堅く、アメリカに対してリードを奪う、あるいは食らいつくことが可能です。
- 女子シングル: 絶対女王・坂本花織の存在が絶大です。さらに、今季シニアデビューでトリプルアクセルを武器にする中井亜美や、四大陸女王の千葉百音も控えており、女子シングルは日本の最大の得点源です。坂本がSP/FSの両方を滑るのか、若手にFSを託して個人戦への体力を温存させるのか、采配が注目されます。
- ペア: 三浦璃来&木原龍一(りくりゅう)ペアは、怪我からの完全復活を果たし、世界王者の貫禄を見せています。ペア競技において、日本が「1位(10点)」を狙える位置にいることは、過去の五輪との決定的な違いです。彼らの出来が、金メダルの行方を左右すると言っても過言ではありません。
- アイスダンス: 日本の唯一の懸念点とされてきましたが、吉田唄菜&森田真沙也(うたまさ)組の急成長が光ります。彼らはアジア大会を制し、世界トップ10に迫る実力をつけています。アメリカやイタリア、カナダの強豪カップル相手にどこまでポイント差を縮められるか、彼らの奮闘がチームの命運を握ります。
チームUSA (Team USA) の戦力分析
アメリカは、男子シングルの「4回転の神」イリア・マリニンと、アイスダンスの世界王者チョック&ベイツという2つの「確実な10点候補」を持っています。
- イリア・マリニン: 彼がSP/FSの両方に出場すれば、男子だけで20ポイントを獲得する可能性があります。しかし、個人戦への負担を考慮してフリーを回避する場合、控えのジェイソン・ブラウンや他の選手がどこまで点を稼げるかが鍵となります。
- アリサ・リウ: 復帰した元全米女王。世界選手権2025を制しており、坂本花織の最大のライバルとして立ちはだかります。
- ペア: 伝統的に弱点とされてきましたが、カム&オシェイ組などの成長により、以前ほどの失点は期待できません。
展開予想
初日(2月6日)の「男子SP」「ペアSP」「ダンスRD」の結果が全体の流れを決定づけます。日本としては、ペアと男子でアメリカを上回り、ダンスでの点差をカバーする展開に持ち込みたいところです。もし初日を終えて日本が首位、あるいは僅差の2位につけていれば、層の厚い女子シングルと男子フリーが控える後半戦で逆転・逃げ切りが可能になります。
男子シングル —— 「4回転の神」vs「氷上の芸術家」
男子シングルは、フィギュアスケート史上最もハイレベルな「異次元の戦い」が予想されます。
日本代表選手プロフィール
鍵山 優真 (Yuma KAGIYAMA)
- 生年月日: 2003年5月5日 (22歳)
- 所属: オリエンタルバイオ / 中京大学
- コーチ: カロリーナ・コストナー、鍵山正和
- 振付: ローリー・ニコル
- 2025-26シーズン プログラム:
- SP: I Wish (Stevie Wonder cover by Hayato Sumino & Marcin)
- FS: Turandot (Giacomo Puccini, arr. Christopher Tin)
- 詳細解説: 北京五輪銀メダリストであり、現代フィギュアスケートにおける「理想の体現者」。父・正和氏の技術指導に加え、イタリアの至宝カロリーナ・コストナーの指導を受けることで、世界最高と評されるスケーティングスキル(SS)と表現力を手に入れました。 今季のフリー『トゥーランドット』は、クリストファー・ティンが鍵山のために特別に編曲・録音したバージョンです。単なる「誰もが寝てしまう(Nessun Dorma)」曲ではなく、鍵山の圧倒的なスピードと膝の柔らかさを生かした、躍動感あふれる「新しい古典」となっています。4回転フリップを含む高難度構成を、まるで氷の上を滑空するかのように軽やかに決めるその姿は、ジャンプ偏重の時代に対するアンチテーゼであり、芸術点(PCS)で他を圧倒する力を持っています。
佐藤 駿 (Shun SATO)
- 生年月日: 2004年2月6日 (22歳)
- 所属: エームサービス / 明治大学
- 特徴: 「4回転ルッツの申し子」。ジュニア時代から鍵山の盟友であり、互いに切磋琢磨してきました。彼の最大の武器は、高難度4回転ルッツ(4Lz)の質の高さと、着氷の流れの美しさです。近年はギヨーム・シゼロン等の指導を受け、表現力(上半身の使い方)が飛躍的に向上しました。今大会では、団体戦のフリーでの起用が有力視されており、個人のメダル争いにも食い込むポテンシャルを秘めています。ミラノ入り後の練習でも4Lzを成功させており、好調をキープしています。
三浦 佳生 (Kao MIURA)
- 生年月日: 2005年6月8日 (20歳)
- 所属: オリエンタルバイオ / 明治大学
- 特徴: 「進撃の巨人」の曲で世界を驚かせたように、彼のスケーティングは「野獣」のような爆発的なスピードが持ち味です。助走のスピードを殺さずに跳ぶ4回転ジャンプは、ダイナミックでGOE(出来栄え点)の加点を大量に獲得します。2025年四大陸選手権王者としての実績を引っ提げ、初の五輪舞台に挑みます。彼の演技は「スポーツとしてのフィギュアスケート」の醍醐味を凝縮しており、観客を一瞬で熱狂させる力があります。
海外のメダル候補
イリア・マリニン (Ilia MALININ) – Team USA
- 異名: Quad God(4回転の神)
- 2025-26シーズン プログラム:
- SP: The Lost Crown (Middle-eastern / Hip hop mix)
- FS: 未発表(7本の4回転ジャンプを予定)
- 解説: フィギュアスケートの歴史を技術面で塗り替えた20歳の天才。史上初めて4回転アクセル(4A)を成功させ、フリーで「4回転ジャンプ7本」という常識外れの構成を成功させた実績を持ちます。 彼のジャンプは単に回るだけでなく、高さと軸の細さが際立っており、空中で静止しているかのような錯覚さえ覚えます。今季のSP『The Lost Crown』では、ヒップホップの要素を取り入れ、表現面でも新たな境地を開拓。「戦士の精神」をテーマに、自身の内面を氷上で表現しようとしています。彼の基礎点は他選手より頭一つ抜けており、多少のミスがあっても技術点で逃げ切るだけの破壊力を持っています。
アダム・シャオ・イム・ファ (Adam SIAO HIM FA) – Team France
- 特徴: 2023-2024年の欧州王者。怪我(股関節・足首)に苦しんだシーズンもありましたが、万全であればマリニンや鍵山に割って入る実力者です。振付師ブノワ・リショーとのタッグによる、コンテンポラリーダンスのような独創的なプログラムが特徴。かつて禁止技だったバックフリップ(現在は減点対象外)を競技に取り入れるなど、ルールギリギリを攻めるアグレッシブな姿勢は、フランスの伝統である「氷上の革命児」の系譜を継いでいます。
ダニエル・グラスル (Daniel GRASSL) & マッテオ・リッツォ (Matteo RIZZO) – Team Italy
- 特徴: 開催国イタリアの期待を背負う2人。グラスルは独特の空中姿勢から繰り出す高難度ジャンプへの挑戦を続け、リッツォはベテランらしい深いエッジワークと、観客と一体化する表現力で会場を魅了します。特にリッツォのステップシークエンスは絶品で、ホームの大歓声が彼らを後押しし、予想以上の高得点(通称:ホームインフレーション)をもたらす可能性があります。
女子シングル —— 絶対女王のラストダンス
女子シングルは、ロシア勢の不在期間中に圧倒的な強さを見せた坂本花織に対し、復帰した元天才少女や新世代が挑む構図となっています。
日本代表選手プロフィール
坂本 花織 (Kaori SAKAMOTO)
- 生年月日: 2000年4月9日 (25歳)
- 所属: シスメックス
- コーチ: 中野園子
- 2025-26シーズン プログラム:
- SP: Time to Say Goodbye (Andrea Bocelli & Sarah Brightman)
- FS: L’Hymne a l’amour (愛の讃歌) (Edith Piaf / Celine Dion)
- 詳細解説: 世界選手権3連覇(2022-2024)の絶対女王。今大会を集大成と位置づけ、シーズン終了後の引退を示唆しています。北京五輪での銅メダル(団体銀)に続き、今回は「金メダル」のみを見据えています。 彼女の最大の武器は、4回転やトリプルアクセルといった超高難度ジャンプではなく、「究極の質」と「スピード」です。男子選手にも引けを取らないスピードでリンクを駆け抜け、幅のあるダイナミックなジャンプを跳ぶ。そのスケーティングは、ジャッジ全員から満点のGOEとPCSを引き出す力を持っています。 フリーの『愛の讃歌』は、パリ五輪開会式でのセリーヌ・ディオンの歌唱に感銘を受けて選曲されました。自身のスケート人生すべてを愛し、支えてくれた人々への感謝を込めて滑るこのプログラムは、見る者全ての涙を誘う、五輪史に残る名演となる予感に満ちています。
千葉 百音 (Mone CHIBA)
- 生年月日: 2005年5月1日 (20歳)
- 所属: 木下アカデミー
- コーチ: 濱田美栄
- 2025-26シーズン プログラム:
- SP: Last Dance
- FS: Romeo and Juliet (Abel Korzeniowski / Craig Armstrong)
- 解説: 仙台出身、荒川静香や羽生結弦と同郷の「杜の都の系譜」を継ぐスケーター。2024年の四大陸選手権優勝など、着実に世界のトップグループ入りを果たしました。 「氷上の女優」と評される表現力が魅力で、特にフリーの『ロミオとジュリエット』は彼女の儚げながらも芯の強いキャラクターに完璧にマッチしています。音の一つ一つを拾う繊細なスケーティングと、美しい所作は、欧州の観客やジャッジにも高く評価されるでしょう。五輪という大舞台で、その透明感あふれる演技が輝けば、メダル獲得も十分に射程圏内です。
中井 亜美 (Ami NAKAI)
- 生年月日: 2008年4月27日 (17歳)
- 所属: TOKYO-BAY F.S.C
- 特徴: シニアデビューシーズンにして五輪切符を掴んだ驚異の17歳。彼女の武器は、女子では数少ない大技トリプルアクセル(3A)です。グランプリシリーズ・フランス杯ではショートプログラムで78.00という高得点を叩き出し、坂本花織を抑えて優勝するなど、鮮烈なデビューを飾りました。 小柄な体格を生かした軽快なジャンプと、物怖じしない性格が魅力。SP『道 (La Strada)』、FS『What a Wonderful World』という選曲も、彼女の明るいキャラクターを引き立てています。技術点(TES)の爆発力はチーム随一であり、ショートからトリプルアクセルを決めて波に乗れば、一気に頂点へ駆け上がる可能性を秘めた「台風の目」です。
海外のメダル候補と「中立選手」
アリサ・リウ (Alysa LIU) – Team USA
- プロフィール: かつて「ジャンプの神童」と呼ばれながら16歳で一度引退。普通の大学生としての生活を経て、2024年に電撃復帰しました。復帰後はジャンプの安定感に加え、内面から滲み出るような表現力を身につけ、2025年世界選手権で優勝。再び世界の頂点に立ちました。「自分のために滑る」という自由なマインドセットが彼女を強くしており、坂本花織の連覇を阻む最強のライバルです。
アデリア・ペトロシアン (Adeliia PETROSIAN) – AIN (Individual Neutral Athlete)
- 特徴: ロシアの名門エテリ・トゥトベリーゼ門下生。IOCの厳格な審査を経て、個人資格(AIN)での出場が認められました。彼女は4回転フリップやトウループ、トリプルアクセルという、男子並みの超高難度ジャンプ構成を持っています。国際大会への出場機会が制限されていたため、試合勘(特にPCSの評価基準への適応)が懸念されますが、ジャンプを全て成功させれば、技術点で他を圧倒し、金メダルをさらう可能性があります。団体戦には出場できないため、個人戦一発勝負となります。
ペア —— 日本ペア、世界の頂点へ
日本のペア競技は、三浦璃来&木原龍一組の登場によって劇的に変化しました。かつては予選通過が目標だった種目で、今は「金メダル」が現実的な目標となっています。
日本代表ペア プロフィール
三浦 璃来 (Riku MIURA) & 木原 龍一 (Ryuichi KIHARA)
- 愛称: りくりゅう (RikuRyu)
- 所属: 木下グループ
- 拠点: カナダ・オークビル
- コーチ: ブルーノ・マルコット、メーガン・デュハメル
- 2025-26シーズン 実績:
- グランプリファイナル2025 優勝
- 四大陸選手権2025 優勝
- 世界選手権2025 優勝
- 詳細解説: 2023年に世界選手権を制し、グランドスラム(主要国際大会全制覇)を達成した日本フィギュアスケート史上最強のペア。木原の腰の怪我による欠場を乗り越え、2025-26シーズンは完全復活を遂げています。 彼らの強みは、二人のスピードが一切落ちないスケーティングの一体感(ユニゾン)と、信頼関係に裏打ちされたツイストリフトやスロージャンプの質の高さです。技のつなぎ目が見えないほどスムーズな演技は、ペア競技の理想形とされています。見ているだけで幸せになるような「Smile」あふれる演技は、世界中のファンに愛されており、会場全体を味方につける力があります。北京五輪での個人7位、団体銀メダルを経て、今回は金メダル最有力候補としてミラノの氷に立ちます。
長岡 柚奈 (Yuna NAGAOKA) & 森口 澄士 (Sumitada MORIGUCHI)
- 愛称: ゆなすみ
- 所属: 木下アカデミー
- 特徴: 元々シングルスケーターだった二人が結成した「シングル出身ペア」。そのため、サイドバイサイドのジャンプ(二人並んで跳ぶジャンプ)の精度と難易度が高いのが特徴です。結成から日が浅いものの、急速にペア技(リフトやツイスト)を習得し、全日本選手権で好成績を収めて五輪代表の座を掴みました。次世代を担う若手ペアとして、初の五輪でどこまでスコアを伸ばせるか注目です。
世界の壁
ディアナ・ステラート=デュデク & マキシム・デシャン (Stellato-Dudek/Deschamps) – Team Canada
- 特徴:女性のステラート=デュデクは40代にして世界のトップに君臨する「不屈のペア」。一度引退し、長いブランクを経て復帰した彼女のキャリアは、多くの人々に勇気を与えています。年齢を感じさせないフィジカルの強さと、大人の色気漂う演技で、りくりゅうの最大の壁となります。世界選手権2024でりくりゅうを破って優勝した実力は本物です。
サラ・コンティ & ニッコロ・マチー (Conti/Macii) – Team Italy
- 特徴: 開催国イタリアのエースペア。ヨーロッパ選手権を制するなど実力は折り紙付き。ホームの大声援を受ける彼らの演技は、通常以上のPCS(演技構成点)を引き出す可能性があり、表彰台争いの中心になるでしょう。
アイスダンス —— 氷上の社交ダンス、エッジの芸術
アイスダンスは、ジャンプがない分、エッジワークの正確さ、二人の距離感、そして音楽解釈が極限まで問われる種目です。
日本代表カップル プロフィール
吉田 唄菜 (Utana YOSHIDA) & 森田 真沙也 (Masaya MORITA)
- 愛称: うたまさ
- 所属: 木下アカデミー
- コーチ: キャシー・リード、スコット・モイア、マディソン・ハベル
- 解説: 小松原組(チーム・ココ)が長く牽引してきた日本アイスダンス界に現れた、若き才能。クリス・リードの妹であるキャシー・リードの指導を受け、さらにカナダの名門「I.AM(アイス・アカデミー・オブ・モントリオール)」系列の指導も受けています。 特筆すべきは、深いエッジワークとスピード感。特にツイズル(片足で回転しながら移動する技)の同調性は世界レベルに近づきつつあります。2025年アジア冬季大会で優勝し、勢いに乗って初の五輪に挑みます。団体戦での貢献も期待されており、トップ10入り、あわよくば入賞(トップ8)が目標となります。
世界の頂点争い
マディソン・チョック & エヴァン・ベイツ (Chock/Bates) – Team USA
- 特徴: 現世界王者。独創的なリフトと、前衛的なテーマさえも芸術に昇華させる表現力が持ち味。北京五輪からの4年間で絶対的な地位を築きました。彼らのプログラムは常に物語性に富んでおり、今回も観客を異世界へ連れて行ってくれるでしょう。
シャルレーヌ・ギニャール & マルコ・ファブリ (Guignard/Fabbri) – Team Italy
- 特徴: ベテランのイタリアンカップル。超高速かつ精密なスケーティング技術は「世界一」との呼び声も高いです。長年世界のトップ層にいながら頂点にはあと一歩届いていませんでしたが、自国開催の五輪を集大成と位置づけ、金メダル獲得に並々ならぬ闘志を燃やしています。会場の雰囲気は彼らを全力で後押しするでしょう。
カルチャー&トレンド —— 音楽、衣装、そして「ミラノ」
音楽と振付のトレンド:原点回帰と個性の爆発
今大会のトレンドは「クラシックへの回帰」と「個性の爆発」の二極化です。
- ウォーホース(定番曲)の再解釈: 鍵山優真の『トゥーランドット』や千葉百音の『ロミオとジュリエット』、中井亜美の『道』など、フィギュアスケートの王道を選び、それを現代的な技術と解釈でアップデートするアプローチが目立ちます。これは、誰が聞いてもわかる名曲を使うことで、会場の観客やジャッジとの一体感を狙う戦略でもあります。
- パーソナルな物語: 坂本花織の『愛の讃歌』やイリア・マリニンの『The Lost Crown』は、選手自身の人生や内面を投影したプログラムであり、観客の感情移入を誘います。
ミラノの氷に刻まれる歴史
坂本花織のラストダンス、鍵山優真とイリア・マリニンの頂上決戦、三浦&木原ペアの絆の結晶、そして次世代を担う若手たちの飛躍。これら全てが、ミラノの歴史あるアリーナで交錯します。
日本代表(Team Japan)は、北京大会を上回るメダル獲得数、そして団体戦での「金メダル」という歴史的快挙を成し遂げる可能性を十分に秘めています。2月6日の団体戦初日から2月21日のエキシビションまで、一瞬たりとも目が離せません。
さあ、準備は整いました。銀盤の物語が、今、始まります。
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