スノーボード女子スロープスタイルは素晴らしい結果に!
まずは、ミラノ・コルティナダンペッツォ五輪、スノーボード女子スロープスタイル決勝は19歳の新星・深田茉莉選手が金メダル、ビッグエア女王・村瀬心椛選手が銅メダルを獲得し、日本勢が表彰台の2席を占める歴史的な一日となりました、素晴らしい結果となりました。スロープスタイルの女王ともいえるゾイ・サドフスキシノット選手の最高のランもあり、素晴らしく盛り上がりました。
日本勢ダブル表彰台の快挙、その裏にある「モヤモヤ」を解消しよう
NBCの解説で、スノーボーダーの「トッド・リチャーズ 」選手が今回の競技終了直後から、「720(2回転)を含むランが、1080(3回転)を連発したランに勝利するのは不可解である」といった趣旨の批判的な見解を示していたり、SNSなどではこのような意見も散見されます。
- 「村瀬選手の方が難しいジャンプをしていたのでは?」
- 「ゾイ(サドウスキー・シノット)の1080連発の方が凄かったのでは?」
- 「なぜ720を含むランが優勝なの?」
特に村瀬選手のファンにとっては、彼女の実力を知っているからこそ、銅メダルという結果に悔しさや疑問を感じるのも無理はありません。
また、「北京オリンピックの平野歩選手の2回目のランの再来だ」などの意見もありましたが、それとは全く違う、競技への理解度の違いという事になります。
ここではFIS(国際スキー・スノーボード連盟)の採点基準に基づき、なぜこの順位になったのかを、競技の特性から論理的に解説します。これを読めば、3人のメダリストがそれぞれいかに素晴らしかったか、そしてジャッジがいかに公平に「スロープスタイル」を評価したかが分かるはずです。
今回のジャッジはスロープスタイル基準、ビッグエア競技が別にある理由
まず、理解しなければいけないのはこの競技は「スロープスタイル」という競技であり、「ビックエア」というエア点を競う競技はあえて別の競技として存在しているという点です。このビッグエアという競技で今回村瀬選手は堂々の金メダルを獲得しています。
スロープスタイルは、コース全体、すなわちジブ(レール)セクションとジャンプセクションの双方を統合的に攻略する能力が問われる複合的な種目である。もっと言ってしまえば、ビックエアという競技がある以上、ジブセクションがこの競技の特徴でもあるというところです。
しかし迫力あるスノーボードの醍醐味でもあるかっこいい「エア」は人々を魅了します。そのため、その「エア」だけの競技が「別」で用意されているという事です。
村瀬心椛選手のジャンプは「金」だった
まず、多くの人が感じた「村瀬選手の方が凄かった」という感覚は、ある一点においては正解です。
それは 「ジャンプの爆発力」 です。 村瀬選手は決勝3本目で、女子最高難易度クラスの 「バックサイド1260(3回転半)」 を成功させました。ジャンプセクション単体の評価で見れば、彼女は間違いなく金メダル級、あるいはトップのスコアを出していた可能性があります。
なぜ点数が伸びきらなかったのか?
スロープスタイルは、6つのセクション(レール3つ+ジャンプ3つ)の合計点(60%)と全体印象(40%)で決まります。 村瀬選手が金メダルに届かなかった最大の理由は、レールセクションでの得点です。解説では、村瀬選手はジブを使う際に細かいテクニックを使ってスタイルを見せていたりします。これらは加点ポイントには含まれていないものの総合評価に影響してくる可能性があります。しかしこれが今回どのように影響したかは不明です。
- ジャンプ: 最高評価(1260成功)
- レール: 着地の乱れ、あるいはアウト時の回転不足
専門的な分析によると、村瀬選手はあるレールセクションで、着地が完璧に定まらず、わずかにバランスを崩した(減点対象となる挙動を見せた)とされています。 スロープスタイルの採点では、どんなに凄いジャンプを決めても、レールのミスを帳消しにはできません。 ジャンプで稼いだ加点が、レールの減点で相殺されてしまった結果が「85.80点」だったのです。
ゾイ・サドウスキー・シノット選手のラン
前回女王のゾイ選手(ニュージーランド)も、素晴らしいランを見せました。彼女の構成は非常にアグレッシブでした。
- 構成: ジャンプで「1080(3回転)」を2回連続(バックサイド&フロントサイド)
- 深田との差: わずか 0.35点
「1080を2回もやったゾイの方が、720を含む深田より上では?」という意見もあります。しかし、ゾイ選手もまた、レールセクションで「早降り(Early off)」 のミスがあったと指摘されています。 レールを最後まで滑りきらずに降りてしまう、あるいは着地が少しズレる。この「完成度(Execution)」のわずかな欠けが、ジャンプの高難易度ボーナスを削り取りました。
もし彼女がレールを完璧に決めていれば、間違いなく金メダルは彼女のものでした。それほどまでに、上位の争いは「ミスをした方が負ける」極限のレベルだったのです。
深田茉莉(金メダル):なぜ「720」で勝てたのか?
では、なぜ深田茉莉選手が勝てたのでしょうか? 「720(2回転)」という回転数の少なさが議論になりますが、彼女の勝因は「戦略的勝利」と「一点突破の破壊力」にあります。
① 実は「1260」を決めている
深田選手は「720」しかしていないわけではありません。1つ目のジャンプで、村瀬選手と同じく 「スイッチ・バックサイド1260」 という超大技を決めています。 しかも「スイッチ(後ろ向き)」からのエントリーは非常に難易度が高く、ジャッジに強烈なインパクト(高得点)を与えました。
しかし、ライブの時にもこのエアについては多く語られず、なぜか720の話しばかりになってしまっています。
② レールが「外科手術」レベルに上手かった
先ほど、今回のジャッジを痛烈に批判していたトッド・リチャーズ氏や海外の解説者が「Surgical(外科手術のように精密)」と評したのが、彼女のレールワークです。 特に 「リップスライド・アンダーフリップ・アウト」。レールから降りる瞬間に縦回転を入れるこの技は、ただ回るだけの技とは次元が違う難易度です。 他の選手がレールで小さなミスをして減点される中、深田選手はここを加点要素に変えました。
③ スロープスタイルという競技だからこその「720」
当日のコースは雪で滑らず、スピードが出にくい悪条件でした。 深田選手は1260と激ムズのレール技を決めた後、残りのジャンプを「720」という選択にしました。これは「完璧に着地して減点をゼロにする」 という高度な戦略です。ジャンプも高く、空中での姿勢もブレなく、着地も完璧です。
- 他選手:高回転に挑むが、着地やレールでわずかに乱れる(減点)
- 深田選手:難易度は一部下げるが、全てのセクションを100%完璧に決める(減点ゼロ+完成度ボーナス)
この差が、ゾイ選手を0.35点上回る結果につながりました。
これは「スロープスタイル」という競技の勝利
冒頭でも触れたように、もしこれが「ビッグエア」なら、村瀬心椛選手やゾイ選手が勝っていたかもしれません。 しかし、スロープスタイルは「コース全体をいかに美しく、ミスなく、そして難しく滑るか」を競う種目です。
ジャッジは「回転数」だけでなく、「スノーボードスロープスタイルの総合的な上手さ」を公平に評価しました。 村瀬選手の銅メダルは、世界中の人々に「これが金メダルじゃないか?」と思わせた滑りだったという事です。世界最高峰のエアを持ちながら、さらに伸びしろ(レールの完成度)があることを示した、未来への希望のメダルです。
そして深田選手の金メダルは、スノーボードには様々な魅力的な競技があり、派手なエアだけでなく、パークにある様々なジブを美しい技の組み合わせやつなぎ方・スタイルで見せるスロープスタイルという競技があり、そのお手本のような金メダルを獲得した、価値ある勝利だったと言えるでしょう。
日本女子スノーボード界の層の厚さは、世界一です。2030年に向けて、二人のライバル関係がさらに私たちを熱くさせてくれることは間違いありません。
でも、まだ納得できない・・・という人もいると思いますので、更に詳しくスロープスタイルのジャッジ規定をご紹介します。
2026年FIS採点基準の進化と構造的枠組み
スノーボード競技の採点は、過去数大会を経て劇的に進化しています。特にソチ(2014)、平昌(2018)、北京(2022)を経て、主観的な「全体印象(Overall Impression)」への依存度を下げ、より客観的かつ細分化された「セクション・バイ・セクション(SBS)」方式へと移行しています。今回の結果を理解するためには、この採点構造の根本的な理解が不可欠です。
セクション・バイ・セクション(SBS)方式の採用と重み付け
従来の採点では、ジャンプセクションでの派手なトリックが、レールセクションでのミスを帳消しにする傾向がありました。しかし、ミラノ・コルティナ2026で採用されているSBS方式では、コース上の全6セクション(通常、レール3セクション、ジャンプ3セクション)がそれぞれ独立した採点対象となっています。
採点配分の黄金比率:60/40
FISのガイドラインおよびオリンピックの採点プロトコルに基づくと、最終スコア(100点満点)は以下の構成要素から算出されています。
| 構成要素 | 配点比率 | 評価内容 |
| トリック・スコア (Trick Score) | 60% | 各セクション(全6箇所)ごとの技術点。難易度と遂行度を評価。 |
| 全体構成点 (Overall Impression) | 40% | ラン全体の流れ(フロー)、多様性(バラエティ)、完成度、着地の安定感。 |
重要な示唆: この「60%」のトリック・スコアにおいて、レールセクション(3箇所)とジャンプセクション(3箇所)は、原則として等価、あるいはそれに近い比重で扱われています。つまり、競技全体の得点の約30%はレールトリックによって決定される構造となっています。 村瀬選手やサドウスキー・シノット選手の敗因を分析する際、多くの視聴者がジャンプ(残りの30%)のみに注目し、レール(30%)および全体構成(40%)における微細な差異を見落としていることが、今回の誤解の根源であると言えます。
「Big Five」:5つの核心的評価基準
ジャッジは各セクションおよび全体構成において、以下の5つの基準(The Big Five)に基づいて数値を算出しています。
- Amplitude(高さ・大きさ):
- 単に高く飛ぶだけでなく、トランジション(着地斜面)の最適な位置(スウィートスポット)に着地することが求められます。飛びすぎ(フラット落ち)や飛び不足(ナックル落ち)は減点対象となります。
- Difficulty(難易度):
- これが最も誤解されやすい項目である。難易度は「回転数」だけではない。「スイッチスタンス(逆足)からのエントリー」、「視界が遮られる回転方向(ブラインドサイド)」、「回転軸の複雑さ(コークスクリューや3D回転)」、「レールの乗せ方・降り方(プレッツェル、ハードウェイ)」が複合的に評価されます。
- Execution(完成度・遂行度):
- 着地の安定性、グラブの長さと明確さ(しっかりとボードを掴んでいるか)、空中姿勢の制御。手をつく(ハンドドラッグ)、着地後のズレ(リバート)、空中でバランスを崩す(窓を開ける動作)などは厳しく減点されます。
- Variety(多様性):
- 同じ方向への回転ばかり行っていないか。フロントサイド、バックサイド、キャブ(スイッチフロント)、スイッチバックの4方向全ての回転を取り入れているか。グラブの種類は豊富か。などが評価されています。
- Progression(革新性・進歩性):
- 女子スノーボード界において「新しい」トリックや、これまでにないコンボを成功させた場合、ボーナスポイントが付与されます。
これを理解した上で改めて深田選手の高得点を完全解説
レールセクション(セクション1-3):外科手術のような精密さ
海外の解説者が「外科手術のよう(surgical)」と評した深田のレールワークこそが、この勝負の分水嶺でした。
- セクション1 & 2の構成:
- スイッチ・フロントサイド 270・アウト (Switch Frontside 270 out)
- リップスライド・アンダーフリップ・アウト (Lipslide Underflip out)
- 技術的優位性の証明:
- リップスライド・アンダーフリップ: これは女子スロープスタイルにおいて極めて難易度の高い「プログレッション(革新)」トリックです。通常のレールアウト(単に回転して降りる)とは異なり、レールの終端で縦回転(フリップ)を加えながら降りる動作を含む。金属製のレール上で縦回転軸を作ることは極めて危険であり、高度なボードコントロールを要する技です。
- 評価への反映: FISの採点基準における「Difficulty(難易度)」と「Progression(革新性)」の項目において、このトリックは満点に近い評価を得たと考えられます。通常の「270アウト」などを選択した他の選手と比較して、ここで数ポイントのリードを築いたと推測される。
- 遂行度: 深田本人が「レールが長くて難しかったが、最後までクリーンにできた」と語っている通り、減点要素のない完璧な実施であった。
ジャンプセクション(セクション4-6):一点突破の破壊力
深田のジャンプ構成に対する批判は「720が2回あった」ことに集中しているが、これはスイッチ・バックサイド1260の価値を過小評価しています。もちろんジャッジはここを最高難度の技として高く評価しています。
ジャンプ1: スイッチ・バックサイド1260・ミュートグラブ (Switch Backside 1260 Mute Grab)
- 回転数: 3回転半(1260度)。女子競技における最高難易度の一つ。
- 難易度係数: 「スイッチ(逆足)」エントリーかつ「バックサイド(背中側)」への回転は、踏み切り時に着地点が見えない(ブラインド)ため、恐怖心と技術的ハードルが最も高いカテゴリーに属しています。
- 環境要因: 雪による減速リスクがある中で、女子選手が1260を成功させたことは、ジャッジに強烈なインパクト(Progressionボーナス)を与えた。この1本のジャンプだけで、このセクションのスコアは上限値(Max Out)に達した可能性が高いと予想されます。
ジャンプ2 & 3: バックサイド720 & フロントサイド720
- 戦略的意図: 1260で大量得点を確保した後、深田選手は「セーフティ(安全策)」に切り替えたと報じられています。しかし、左右(バックサイド・フロントサイド)に回転方向を散らすことで「Variety(多様性)」の基準を満たし、かつ完璧なグラブと着地を決めることで「Execution(完成度)」の減点を防ぎ加点を狙いに行ったきちんとした美しい演技構成です。
- 採点への影響: 1260の加点が極めて大きかったため、残りを720でまとめても、トータルスコアではサドウスキー・シノットを上回る計算が成立していたということです。
採点結果の正当性証明
以上の包括的な分析に基づき、ミラノ・コルティナ2026女子スノーボード・スロープスタイルにおける深田茉莉の金メダルは、FISの採点基準に照らして完全に正当な結果であると結論付けられます。
その証明要件は以下の3点に集約される:
- レールの優位性: 深田は、サドウスキー・シノットよりも技術的に高度なレールトリック(リップスライド・アンダーフリップ)を組み込み、SBS方式における配点の約30%を占めるセクションで確実なリードを築いた。
- 最高難易度トリックの成功: 悪条件下において、女子最高難易度の一つである「スイッチ・バックサイド1260」を成功させたことは、ジャンプの平均回転数が低くとも、単発の「Progression(革新性)」スコアで他を圧倒するに十分な理由となったこと。
- 戦略的完遂能力: 1260成功後の720への切り替えは、減点リスクを最小限に抑えつつ「Variety(多様性)」と「Execution(完成度)」を確保する高度な戦略であり、これが「Overall Impression(全体印象)」の維持に寄与した。
0.35点という僅差は、サドウスキー・シノットの素晴らしい連続1080に対する敬意の表れでもありました。しかし、スロープスタイルという競技の特性上、レールの創造性と一撃必殺の大技を組み合わせた深田茉莉のランが、総合的な「スノーボーディング・スキル」においてわずかに、しかし確実に上回っていたことは、採点データからも明らかである。したがって、「採点がおかしい」という批判は、現在の詳細な採点基準(特にレールの重み付け)に対する理解不足に起因するものであり、競技結果は公正かつ正確に導き出されたものであると断定できます。
繰り返しになりますが、メダリスト3名の超高難度なスロープスタイルの戦いはだれが勝ってもおかしくなかったと言えるほどの接戦だったと感じます。
その中で接戦を制した深田選手は真の金メダリストと言えます。

